健康経営と家族の介護負担

先日の記事「健康経営と認知症について」で、認知症と健康についてお話しました。そこでも話題に上がってきたのは、『家族の介護負担』です。これは本当に深刻な問題だと思っています。まだ介護に関わりのない方や若い世代の方も、今後の私達に降りかかってくる可能性が高い社会問題です。今回は家族の介護負担、特に老々介護と介護離職に焦点を絞ってお話していきたいと思います。

 

日本が抱える高齢者介護の問題

日本ではかつて世界に例を見ないほどの速度で高齢化社会が進行しており、2013年総務省の人口推計によると、65歳以上の高齢者の割合が25%を超えました。2013年度末で569.1万人となっており、2003年度末から198.7万人増加しています。介護保険制度における要介護者又は要支援者と認定された人(以下「要介護者等」といいます。)は第1号被保険者の17.8%を占めています。第1号被保険者とは、65歳以上の人をいいます。今後、さらにこの割合は多くなってくるため、介護する側の深刻な実態が浮き彫りになってきています。

出典・引用:高齢化の状況|平成28年版高齢社会白書(全体版) – 内閣府

 

この高齢化社会に対応するため,2000年(平成12年)4月に『介護保険制度』が導入されました。介護保険制度の目的を簡単に言うと、介護を必要とする状態となっても、自立した生活ができるよう、高齢者の介護を国民みんなで支えるといった仕組みです。そして要介護状態になった方がまた、できるだけ従来の生活が続けられるように、介護予防を通じて支援する仕組みでもあります。国は介護サービスの提供を充実させ,要介護者の満足とその介護者の負担の軽減をはかる責務が課せられています。しかし要介護高齢者が急速に増え続けているため、このような制度ができて16年が経過しますが、介護問題はまだまだ解決する見通しが立っていません。

 

老老介護問題

日本では、老人が老人を介護するという『老老介護』が大きな問題となっています。若い人口が減り、高齢化が進んでいる日本だからこそ、この問題は大きく浮き彫りとなっているのです。老老介護が進んだ理由として挙げられるのは、『核家族化』です。日本では、全体の6割近くが核家族となっており、さらにその6割の中で3割が夫婦のみで暮らしているという現状があります。そのため、夫婦のどちらか一方が認知症などにより要介護者となると、配偶者以外に介護をしてくれる相手がいないため、老老介護となってしまうのです。要介護者等と同居している主な介護者の年齢についてみると、男性では69.0%、女性では68.5%が60歳以上であり、いわゆる「老老介護」のケースも相当数存在していることがわかります。

出典・引用:高齢化の状況|平成28年版高齢社会白書(全体版) – 内閣府

 

老老介護は、介護による共倒れや介護疲れによる介護うつ、最悪の場合、虐待や心中事件にまで発展したケースもあり、大きな社会問題となっています。また、老老介護の増加で、認知症の高齢者を介護する高齢者が認知症を患うといった事態も増えてきており、こちらは『認認介護』と呼ばれています。

老老介護では双方が高齢のため、体調不良やケガといった不測の事態が起こりやすく、そのために必要な介護が出来なくなるといったリスクがあります。また、介護保険を使わずに無理をした結果、共倒れになるといったケースも多くあります。介護保険サービスを利用することで介護の負担は減りますが、「家族の面倒を看るのは家族でなければならない」「他人を家に入れたくない」といった思いから介護保険を利用しない他、「どんなサービスがあるのかわからない」「どこでどう手続きするのかわからない」といった人も多く、制度の利用が必要な人が制度を十分に使えていない現状があります。

 

介護者の介護時間

同居している主な介護者が1日のうち介護に要している時間をみると、「必要な時に手をかす程度」が42.0%と最も多い一方で、「ほとんど終日」も25.2%となっています。要介護度別にみると、要支援1から要介護2までは「必要な時に手をかす程度」が最も多くなっていますが、要介護3以上では「ほとんど終日」が最も多くなっており、要介護4以上では約半数がほとんど終日介護している結果になります。この介護時間の長さが、介護者の体力的、精神的なストレスとなり、介護疲れや介護うつを引き起こす原因の一つになります。

出典・引用:高齢化の状況|平成28年版高齢社会白書(全体版) – 内閣府

 

家族の介護離職問題

介護離職とは、主に親の介護をきっかけとして現在の仕事を離れてしまうことを言います。実家に戻って親の介護をするために、泣く泣く現在の仕事を辞めるケースは少なくありません。

家族の介護や看護を理由とした離職・転職者数は平成23(2011)年10月から24(2012)年9月の1年間で約10万に上ります。とりわけ女性の離職・転職者数は、81,200人で、全体の80.3%を占めています。

出典・引用:高齢化の状況|平成28年版高齢社会白書(全体版) – 内閣府

介護を機に離職した離職者に対してその理由を聞いたところ、男女ともに「仕事と手助け・介護の両立が難しい職場だったため」(男性62.1%、女性62.7%)が最も多く、「自分の心身の健康状態が悪化したため」(男性25.3%、女性32.8%)、自分の希望として「手助け・介護」に専念したかったため(男性20.2%、女性22.8%)、施設へ入所できず「手助け・介護」の負担が増えたため(男性16.6%、女性8.5%)と続いています。また、離職時の就業継続の意向を聞いたところ、男女ともに5割以上が「続けたかった」(男性56.0%、女性55.7%)と回答しています。

 

 

健康経営を考える ー個人と企業による双方の問題についてー

  • 個人にとっての介護離職の問題点

再就職の厳しさ

40代などの方は一旦介護離職を経験すると、年齢的にも再就職をすることに困難が伴います。正社員として再就職することが難しい場合も多いため、介護の必要がなくなった後も収入が少なくなってしまい、生活が厳しくなってしまうースもあるのが現状です。

年収の激減

介護離職は収入源を絶たれてしまうことにつながるため、これまでと同様の生活を送ることは難しくなってしまいます。加えて、前述した再就職の厳しさも相まって生活が苦しい状態が継続してしまいがちになるのです。

メンタル的なダメージ

収入減と介護による負担が重くのしかかった結果、メンタルへの影響から体調を崩してしまう方も数多くいらっしゃいます。生活の主軸が介護になるため、外に出ることも少なくなり、介護離職者は社会からの孤立を深めていってしまいます。その結果、介護対象者である親を虐待してしまったり、ストレスからうつ病を患ってしまったりすることも珍しくないのが現状です。

  • 企業にとっての問題点

2025年ごろ、団塊の世代が75歳を迎えます。その子ども世代にあたる従業員の介護離職者が増加する波は、もうすぐそこまで来ているのです。介護者は、とりわけ働き盛り世代で、企業の中核を担う労働者であることが多く、企業において管理職として活躍する方や職責の重い仕事に従事する方も少なくありません。そのような人材が流出することは企業にとって大きな痛手となります。そうした中、介護は育児と異なり突発的に問題が発生することや、介護を行う期間・方策も多種多様であることから、仕事と介護の両立が困難となることも考えられます。そのような状況下にもかかわらず、まだ介護支援制度の整備が進んでいない企業が多いのも事実です。このままでは多数の大切な労働力を失いかねません。

介護期間は年々長期化しており、現在では平均で約5年を要するという調査結果もあります。仕事と介護を両立していくためには、まずは介護に直面した際にスムーズな対応ができるように準備することが重要です。そして企業は、各種の介護支援制度について従業員が理解を深められる場を提供し、教育・周知すると同時に様々な介護支援制度をどう活用していくべきかを伝え、従業員の意識を高めることが求められています。従業員にとっても企業にとっても、介護と仕事の両立を真剣に考え、対策を講じるべきときが来ているのです。

もしも明日、自分の親が倒れて介護が必要になったら…、考えたくないことだけについ先延ばしにしがちですが、介護は個人だけでなく企業、そして社会全体で向き合わなければいけない問題なのです。だからこそ、健康経営の考えが大変であり、これからの社会には必ず求められていくところです。

 

介護離職において政府の取組み

厚生労働省では、育児・介護休業法に定められた介護休業制度などの周知徹底を図り、企業及び労働者の課題を把握し事例集を作成するなど、介護を行っている労働者の継続就業を促進しています。我が国の構造的な問題である少子高齢化に真正面から挑み、「希望を生み出す強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の「新・三本の矢」の実現を目的とする「一億総活躍社会」に向けた取組が進められています。このうち、「安心につながる社会保障」に関連する取組の一環として、2020年代初頭までに家族の介護を理由とした離職の防止等を図るべく「介護離職ゼロ」を推進していくこととしており、必要な介護サービスの確保と、働く環境改善・家族支援を両輪として取り組んでいます。

介護と仕事の両立を希望するご家族の不安や悩みに応える相談機能の強化・支援体制を充実させるために、介護が必要になったときに速やかにサービスの利用ができるよう、国及び自治体において、介護保険制度や介護休業制度の内容や手続きについての周知拡大を推進していく必要があります。

そして私達自身、介護に限らず、社員が休暇を取らざるを得ない状況で一定の給料が保障できないような場合、社員やその家族の生活を維持するためにどんな社会保障があるのか、事業主はきちんと把握していることが大切です。そして企業は社内規定の整備とともに大切なのが、社員が休暇を取った場合、仕事が滞らないようバックアップする体制を日ごろから整えておくことも大切です。

 

個人が共倒れしないための心構え

ご本人はもちろん、介護をするご家族などにとっても体力的、精神的負担の大きい疾患です。介護がいつまで続くか判らない、ゴールの見えない道のりであると感じたとき,介護の苦労を誰とも分かち合えないと感じたときに、介護者は相当のストレスを感じます。家族関係のストレス、経済的な負担、外出しても介護のことが頭から離れないなどの精神的ストレスが慢性疲労、睡眠不足といった状態が続き、健康状態の悪化を招いてしまいます。在宅での介護が大きなストレスになれば、在宅介護は破綻します.

これらの状況を改善するためには、まずは一人で抱え込まないようにすることが大切です。地域包括支援センターのような地域ごとに自立支援を支える制度を利用するのもおすすめです。なにか困ったことや悩みがあれば気軽に相談することができます。そして、介護保険制度を知り、介護保険サービスをうまく利用していくことが、介護負担の軽減になります。介護保険サービスというのは、単純に日々の介護を楽にするためだけにあるのではありません。何かあったときに頼れる場所があるということで、ストレスも軽減されますし、何よりも他の目が入ることで、介護者の方に異常があった場合でもすぐに対応できる環境を作ることができるのです。これらを利用するということは、介護者だけでなく、被介護者においてもセーフティネットとなるということは覚えておくべきです。

最後に、介護者は患者の健康以上に、自分の健康に配慮しなければいけません。あなたは介護者である前にあなたの人生の主人公であることを忘れないでください。心身の健康が保てなければ何もできません。自らの健康をより大切にしていくことが介護を受ける側の笑顔と健康につながっていきます。

 

ライター:西野大助

富山医療福祉専門学校理学療法士学科卒業

【理学療法士】

リハビリ専門職である理学療法士国家資格取得後、約10年富山県内の総合病院で急性期医療から回復期医療、在宅医療のリハビリに従事。その後SUDACHIに入社。パーソナル事業部の責任者を務め、主にパーソナルトレーニングや集団でのパフォーマンス指導や姿勢指導、傷病予防などの分野を担当している。また、病院在籍中から現在にかけてスポーツ分野での障害予防などにも積極的に取り組んでいる。

最近結婚し、仕事でも家庭でも頑張ろうと意気込んでいる。